陸奥宗光はかつて暗殺集団リーダーだった話し

みなさんこんにちわ。この度は外務大臣として有名な陸奥宗光が、かつて暗殺集団のリーダーだったエピソードをご紹介いたします。

陸奥宗光といえば伊藤内閣の外務大臣として不平等条約の改正に辣腕を振るうなど、明治を代表する閣僚の一人です。1884年紀州生まれ。勝海舟の海軍操練所に入り坂本龍馬の海援隊に加わって活動。しかし・・・龍馬暗殺後はその敵討ちをするために元海援隊士たちを暗殺集団として組織化。紀州藩士を襲い新撰組と戦う”天満屋事件”を起こしました。西南戦争の際には政府転覆に加担した罪で投獄。出獄後は伊藤博文の勧めで(ここが非常に面白くも不思議なところではあります)渡欧。ロンドンで西洋社会の仕組みを猛勉強し、のちの外務大臣としての活躍の素地を培います。そしてこれ以降の活躍はよく知られているところです。というかこれ以降の「綺麗な話し」しか教科書など歴史のオモテには出ていませんね。

暗殺集団のリーダー。はたまた明治政府の転覆を狙うテロリスト。しかしその度胸やキャラクターをかつての宿敵伊藤博文に買われ、実績を積んで外務大臣に就任。偉業を成し遂げる。

警護する立場ではありますが、かつての暗殺集団リーダーが歩んだ道のりに、ついつい思いを馳せてしまうところです。

以上、社会学授業の題材より。