黒澤明監督「用心棒」②

こんにちわ。総長のAKIRAです。

前回に引き続き名画「用心棒」を題材にして掘り下げていきます。

この映画の見所の一つはエンディングです。主人公の三十郎は宿場町の人々を救った後に「あばよ」とすぐさま立ち去るのです。いともあっけなく。

そのまま英雄ヅラで宿場町に滞在していれば心地よいに違いありません。なんでしたらこのまま定住しても。人々も三十郎に恩返しをしたいと思っているはずです。しかし三十郎は、次の住処のアテもなく立ち去る。

逆にこのように考えてみるとどうでしょうか。例えば三十郎がいつまでも居座り続け、損害を与えないまでも宿場町に借金の肩代わりをさせたり、立派な屋敷を建ててもらったり。

宿場町の人々もある程度は納得するかもしれません。三十郎は市井の人々を救ったヒーローなのだから。しかしいつからか、だれかの密命を受け宿場町を支配下に収めようとしたりしたならば・・・。

「そろそろ出て行ってくれないだろうか」と思われるようになるかもしれません。

私がカルロス・ゴーンさんに対して感じるモヤモヤの正体はこのあたりにあります。

会社に損害を与えてはいないのかもしれません。しかし観衆は「もうちょっといてくれたらいいのに。もっと多く報酬を受け取ってくれてもいいのに。なのにあの人は去っていく。」というヒーローが好きなのであります。

利権にしがみつく助っ人の用心棒は、嫌われてしまうのです。